可愛そうな母

 

 在りし日の吉田さん。

痛み止めを飲んで、母の施設に行った。3日間行っていなかった。その間に弟夫婦が行ってくれているかも、と期待して、家で寝ていた。

面会帳に、弟達の記帳はなかった。

 4階の部屋に上がると、テーブルに座っている、母の後ろ姿が見えた。おやつが終わる頃、お皿にクッキーが残っているGさん。その人は、口にものを入れるのも、大変な作業。長い時間をかけ、自力をふりしぼっている。

 おやつに足そうと、持って行った、スナックパンは、夜のおやつに出しますと言われた。

「どうしているのか心配していたのよ。病気でもしているのじゃないか、それとも、外国に行ってしまったのではないか。良かったわ。来てくれて。」と母が言う。

「おひな祭りに来たじゃないの。ぎッくり腰で、休んでたのよ。しばらく行けないわ。」

「どうしているのか、心配してたのよ。良く来てくれたわ。久し振りだわね。安心したわ。ところで、Kちゃん、帰ってくる?何時帰ってくるの?もうずっと日本にいるのでしょ。」こういう会話が、延々と繰り替えされる。

 リビングは、灯油のストーブ一つだけで、寒い。エアーコンディションは形だけで、使用していない。

ヘルパーは、ノートの記帳に専念していて、テーブルの前で、入居者は、無表情のまま座っている。

 母が話し、私が同じ答えで返す。

母の部屋は、寒すぎるので、部屋にいることが出来ない。たった一つの灯油ストーブでも、人気があるので、まだましなのだ。

殺風景だと思ったら、おひな様が無くなっている。白い壁がむき出しになって、一枚の習字が貼ってるだけ。

「 何か歌いましょうか。 」と歌い出すと、そばにいる女性達は歌い始めた。男達は、無反応。何もすることがなく、食べることだけが楽しみの毎日。

母の部屋に行き、タンスの中に、小さな最中をいくつかとナッツの袋を忍ばせた。母は、それを取り出し、「これ持って帰って、食べて。」と言う。

「今持ってきたのよ。」この繰り返し。

最中を母に手渡すと、「美味しい。」と言って、食べてくれる。それほど美味しくないが、夜、母は、タンスの中に入れてあるお菓子を食べることくらいしか、楽しみはないだろう。

明日のお風呂の用意に、4階に上がってきたヘルパーさんが部屋にやってきた。

「お母さん、この前から電話がなると、私だわ、と言って、飛んできて電話機を取られるのです。電話がなる度に。声が聞こえないのに、電話は聞こえるのですね。お母さん、喜んでおられますわ。ずっと待ってられました。どうしているのかしら、もう来る頃なのよとおっしゃって。」と言われた。

 母は、私が来るのだけをひたすら待っているのだろうか。

 可愛そうな母。なんとか、元気でいなくちゃ。