母の日

 

母への贈り物、と言っても、今は、食べ物か、お花ぐらい。子供達は、皆、花を持っていく。

 4月の誕生日に、贈られた花に加えて、母の日のカーネーションや、花束で、母の部屋は、今、花盛り。

 認知症の人に、贈り物をするときには、誰からのものであるか、名前を添えておくと効果的だ。

 母は、弟夫婦からもらった、誕生日の花束に添えられた名前を読んでは、

昨日、これ持ってきてくれたのよ、と毎日思っている。

 母の日にもらった花束に、ついているカードには、

「お母さんいつもありがとうございます」というメッセージが添えてあった。

母はそれを読みながら言う。

「いつもありがとうござます、なんて、私は、何にもしてあげていないのに。」

母は母、いつまでも母なのだ。

 妹夫婦が、娘を孫を連れて、やってきた。

昼食を一緒に食べ、帰り際、孫が、母に、ラベンダーの花束と、バームクーヘンを2切れ、プレゼントした。

 母の部屋で、ケーキを一切れ、食べてもらって、ラベンダーの花を、タンスの上に、飾った。部屋中にラベンダーの香りが漂う。

 しばらくして、私が帰ろうとすると、母は、一緒に、そこまで出て行くという。

「お腹空いたでしょう。どこかでお食事しましょう。」

「お食事はしてきたのよ。ここに帰って来たのよ。お母さんはこれからお三時の時間だから、私、は帰るわ。」

私の鞄が重いと言って、母はそれをもって、走って部屋に入って行った。

 「重いから、いらないもの置いていったらいいわ。」

 「これ全部いるのよ。」

 「今日は車?」と聞く。

  「そうよ。車だから大丈夫。」と言えば、

 「そう、それなら。」と一旦は言ってから、

 「車は心配で。気をつけないと、車もあぶないから。」

エレベーターの所まで行くと、介護士さんが、

「先日いただいた、紅茶を入れますから、一緒にどうぞ。香りがとても良くて美味しかったですよ。」

 マリアージュマルコポーロを、持って行ってあった。コーヒーも紅茶も、粉のインスタントを使っているので、面倒かなと思ったが、おやかんで、炊き出すからと言われていた。

 母の日に、ケーキを持って来た人がいて、チーズケーキとチョコレートケーキ。紅茶の香りが良くて、ケーキも美味しかった。

 鞄は、母がまた部屋に持っていかないように、エレベーターのそばに置いていた。

「帰るわね。明日また来るから。」というと、母は、ちょっと待って、と部屋に。

財布を捜しに行く。誰が来ても、帰り際、財布を捜しだす。タンスの引き出しを全て開けて、ごそごそ。

「少しでもお小遣いをあげたいから」

「財布は私が預かっているから。もう帰るわね。」

母は、私を下まで送っていくと言う。今度はハンドバッグを持ち、また財布を捜し始める。 毎回、こういう繰り返し。

 ヘルパーさんと一緒に、母は玄関まで見送ってくれる。私の姿が見えなくなるまで、窓越しに、私を追っている。

 歩きながら、ラベンダーの匂いがする。鞄を見ると、母が、いつのまにか、ラベンダーの花束を鞄に入れていた。私に持って帰らそうと思って、いれていた。鞄を持って部屋に行ったのは、そのためだった。

 私はあわてて、施設に走った。母は、まだ玄関にいて、窓から見ていた。

 外に出ていた、ヘルパーさんに、

「これ、孫からのプレゼントなので、部屋に入れておいてください。」渡して、ほっとしながら、歩いていると、ラベンダーの香りは、いつまでも漂っていた。

母の愛情と一緒に。

「お母さん、何もしてあげていないのは、子供達の方です。」