五木寛之「選ぶ力」

 

      

  五木寛之は、寝ても覚めても本を離さない人のようだ。

しかも早読みが得意。

東京から静岡までの電車の中で、文庫2冊と雑誌2冊に新聞を読んでいる。

 風呂の中でも、ビニールを特製カバーをかけて、長風呂しながら読んでいるとか。

 一冊の本を書くのに、文献に使う本を多量に読んでいるのも、この速さならうなずける。

昨日借りた9冊の本など、五木寛之なら、瞬く間に片づけてしまうだろう。

 速読法という学科があって、速読で内容を把握してレジュメを書くという授業があった。

目を上限に走らせながら、斜め読みをする訓練をする。

初めと終わりだけはわりとしっかり、間はざっとつまみ読み。

五木もそんな読み方ではないのか、と疑いたくなるくらい早読みだ。

 12年の出版された新書本を、昨日頑張って読んでみたが、まだ少し最後の所が残っている。

 漫画を30分くらいで読む人は幾人もいるけれど、字を追って読むと、一冊読むのに早くて2時間はかかるのでは?

 つめて読んでいると、眼の焦点がぼやけてくる。

五木寛之の趣味は、健康だとそうで、確かに、「選ぶ力」の中で、健康に関する記述がとても多い。

 それだけ本を読み、書く事を生業にしている人だから、眼の健康に気を使っている。

 手を伸ばして、指の先を見て、眼をずらして、100メートル先を見る。これを繰り返す作業をおこたらない。

 歯にも気を付けている。片方だけで噛むと骨格あ歪むので、両側で噛むように心がけている。

 人間の身体は、病んでいるのが普通で、病気を治すことは出来ない。

病気をおさめるための、それぞれにあった、方法を「選択」する。

 情報は錯そうして、意見はまちまちで、どれを信用すればよいか。医者も科学者も信用できない。情報過多のまちまちの情報振り回されて生きるのではなく、自分の身体と心のの要求にそって、つきあって、あれこれ試してみることが、五木にとって、「楽園」だという。

本の中で、わずかにでも参考になる文章を見つければ、大いなる収穫だ。

 斜め読みで良い。ふと気になる箇所があれば、そこを重点的に読むだけでもよい。

五木寛之の早読みに、挑戦してみて、そう思う。

 五木は、電車の中の棚に、読み終えた文庫をカバーをかけた状態で、置いておく。誰かが読むだろうと。読んだ本のことはそれで終わり。心に残ったもので、またあれが読みたいと思うと、探して再び買うのだ。見つからねば、縁がないと諦める。

風通しの良い生き方をしている。身につけるものは、自分の身体と心。

 一寸先も見えない、未来を描いてみても、そうなることは保証もないこのご時世だ。

3.11以後、人々の意識は変わった。地震がいつきてもおかしくない。

そういう中で、本当に価値あるものはないか。確かなものはなにか。

 今を生きる。今生きているということ。それを引き受けているのは、私の身体と私の心。

 我が身を治め、心穏やかに生きること、そのための方法論が」「選ぶ力」に盛り込まれている。

 100歳以上のお年寄りが50000人を突破したが、その中の80パーセントの人が寝たきりだとか。

 寝たきりで長生きはしたくない。

 だいたい、80から90までが、丁度良いと思う。

という五木の考え方は、私も確かに、と思う。

 元気で、頭もぼけないで、人に迷惑をかけすに、人間らしい人生を送れるのは、90までかなと思う。

 例外で元気な人は別として、そんな人はほとんどいないのだから。

 自分の足で歩いて、自分の口で食事をたべられて、好奇心もあって、趣味と言えるものを持っていて、

 ある日、静かに、というのが理想にならない確率はせいぜい、90までじゃないかな。