一日一生を生きる

 

去年の忘年会で、来年の抱負、希望をそれぞれが述べる事になって、私は、「一日一生の、つもりで毎日を送れれば、良いな。」と言った。

年賀状をいただいた方からの、メッセージが、同じく[一日一生の思いで、楽しんでいます。]という文面で、私が言った言葉に、びっくりした、と書いて来られている。まざ、びっくりなのか、その心情のほどは、測れない。

 私も、実際のところ、きっぱりした人間ではないので、そう出来たら、いいのに、という程度。そうは出来ない私、が見えてのことだ。

年頭の始めから、実に、毎日、あちらこちらに出かけ、テレビを見る時間もない、充実した時間を持てた、正月だった。

 パリから帰ってこられて、今は、有料の老人ホームで暮らしている方から、お電話があった。出かける前だったので、長時間お話を聞くことは出来なかったけれど、それでも、50分くらい、一方通行の話を聞き、近じか、大阪でお会いしましょうということで、電話を切った。

名前が気に入って、入居されたのだけれど、自立の方ばかりだと思っていたら、介護の必要な人を入れるので、暮らしにくいと、年頭からぼやき。

 相変わらずのお話だけれど、その中で、印象に残ったのは、[フランスで友人になった人、若いころから、付き合って来た人でないと、だめだわ。]

という言葉だった。最近になって、知り合った友人は、うわべだけだ、と言う。

 私は、その時に、高校時代の親友の家に招かれて、行くところだった。留守電に、「泊まるつもりで着てください。」と念押し。帰れれば、帰るつのりで、行く時には。それが、そうはいかなくなる。何年ぶりに行くのに、昨日会ったように、時間の空白がない。

 一人息子を亡くして、御主人は、居合抜きを始められた。以前に行ったのは、夏で、向かいに道場を立てて、私達は、稽古の上達ぶりを見せてもらった。周りは、開いていたので、蚊にかまれないかと、それが気になっていた事が思い出される。

 あれから4年、今では、免許皆伝で、道場を開いている。周りは壁が出来ている。一人で作り上げたとか。お弟子さんも出来て、毎日が充実している。迎えにきてくれた車は、以前のとは違っていた。

「これ、なんていう車?」

ジャガー。]

これがジャガーなの。随分以前に、フランスで知り合った老人が、ジャガーに乗っていると聞いていた、ジャガージャガーグリーンは有名だそうだ。

会社で乗っていた車だそう。趣味は乗馬、洋服は特注、コレクションは半端じゃなくて本物志向な人だから、猟銃のコレクション、ガラス棚に、ずらっとバカラが並んでいる。コペンハーゲンの陶器も。」

[よく買っておいたものだ。今では買えない。]という。

そういう品々、逸品の数々が家の中を彩っている。

お金を貯めることに集中している人よりも、物で残っているのも良いなあ、と思った。

バカラのグラスに、持っていったワインをついで飲むと、美味しさが違う。ワインから始まって、大きなガラスの薄いグラスで、ゆらしながら、コニャックを飲むころには、大分酔っていたのに、牡蠣の土手鍋には、ビール、食後に、大音量で音楽を聴きながら、ウィスキーにチョコレート、天津甘栗が、籠から空になるまで食べまくり。コニャックも、ウィスキーも、とっておきのものを出してくれる。

翌朝は、頭ふらふら、二日酔い。

声は枯れている。しゃべりすぎた証拠だ。ああ、またやってしまった。

煩くて、こりごりだろうと、思っているのに、[お正月には、必ず来るように、決めておいて。]と帰り道に、メールが届く。

 [一日、一生として生きる]ことを実行しているのは、この夫婦のことを言う。

 息子さんのお墓に参らせてもらった。出来るだけ、息子さんのことには触れたくない。悲しみが大きすぎるから。

お墓の前で、私はまた泣いてしまう。互いに一人息子だ。

墓石に、二人の名前が、赤で刻まれている。

「いつ死んでもいい。明日でも、いつでも。」と御主人が。