日本にもリア王がいる

 

 母に会いに行くのに、手ぶらで行くのは気が引けるようになっている。面会者が、手土産を持参して来ると聞いたからだ。袋一杯入れ放題というキウイを買って、持って行った。なにしろ13人が一緒に食事しているのだから、母にちょっとというわけにはいかない。

 母は3階にはいない。一緒に入った人はいるので、くるっと見回してもいない。

係の人に4階に上げてもらった。ヘルパーさんが、先日入ったばかりの男の人が座っている。

「お母さん、お化粧してお出かけすると言って、用意していますよ。丁度良かった。」

そのヘルパーさんは、美人で、親切で、明るい人なので、これから先4階で働いてほしいな、と思っている人。食べてくださいと、キウイを渡して、母の部屋に入ると、お帽子をかぶり、お化粧をして座っている。

私がそろそろ来る頃だと思っていたそうだ。

 面会届けが4階に置いてあり、こわれるままにサインをすると、その前に、二人の名前が書いている。テーブルに座って、お菓子を食べている老人に面会があったらしい。それで、4階にいるようだった。

 住所は、我が家のすぐ近くだった。弟が、まだ入居していないで、家具だけ入っていた頃、「どこどこの誰誰さんですか?」と聞き、息子さんとゴルフで一緒になるようなことを言っていた。調度が立派で、お金持ちそうだと妹が言っていた、なぞの誰誰さん。

代表が、「入院中で、自傷行為があるから、おそろしくて入居させられない。」と言っていた人。

 話をすると、記憶力もしっかりしていて、認知症とは思えない。聞けば3人の娘さんがいる。弟が息子だと言っていた人の話をすると、

婿養子だった。

「遊び人で、遊び人で」と繰り返される。長女の婿が、会社を継いでいる。かつては、老人がゴルフ場に通っていたという。父と一緒にゴルフ場を回っていたかもしれない。かつては元気だった人、仕事の第一線で働いていたであろう。家長だった人。

 下の娘さん達も、お父さんの屋敷に近く、家を構えて暮らしている、金銭的には裕福な資産家のようだ。

 なんだか、リア王のようだな。それも一人も手を差し伸べてはくれない、リア王。家に帰りたくて、まだグループホーム檻の中で、手なずけられてはいないけれど、ヘルパーの若い女性を頼りにして甘えている。

 自傷行為があるというのは、自分に向けてではないかもしれない。憎悪の相手は別にいる。鏡として、刃が自分に向けられたのでは?

 精神分析によると、なんて頭を巡らして想像してしまう。