堪忍袋の緒が切れた。

 

いつものように、3時のおやつが終わった時間を見計らって母に会いに行った。いつになったら、4階でグループホームの活動が始まるのだろうか。

今日は、4階の入居者が4人になり、3階に13人座っている。テレビの前のテーブルに介護士が2人座って、日誌を書いている。

キッチンでは、一人が夕食の準備にかかっている。入居者達は、相変わらず、座っている。

沢山の入居者達に交じって、母の傍に座っていると、気が引ける。母と一緒に、入って来た人が、「私の娘と良く似た話し方。娘は来てくれないかな。」と寂しそう。誰も来ないシスターは、3月から入っていて、私が行くと、母に「良いですね。やさしい娘さんが来てくれて。」

「どこかでお会いしたですね。初めてお目にかかります。」私のそばにやってくる、おかしい人がいる。「私もお母さん、言うてみたいわ。」

この中で、母に寄り添って座っていると、気がねもあり、居場所がないという感じで、長くいられない。なので、私は、

「足腰が弱るから、歩きましょう。」と母を促して、外に出るようにしている。

健脚だと言っていた人が、杖を持っいるので、ヘルパーさんに聞いてみた。

「あの方、足には自信があるとおっしゃってたのに、杖がいるのですか?」

先日の、宝塚祭りでは、真っ先に元気に帰って来られていたのに。

「以前に、手術をされたことがあって、公園に行って、歩けなくなり、車椅子が要ったのです。あの方は歩けませんよ」と言う。

入居の翌日、非常階段から下りて、徘徊したので大騒ぎになっていた時とはすっかり様子が変わっている。

面会届けと、外出届けを書いて、母を外に連れ出した。半時間歩き、半時間は、神戸屋で、お茶をして5時に送り届けるのが

日課になっている。5時少し過ぎて、帰ると、代表がいて、いきなり私に言った。

「施設では、面会に来て、そのまま帰ってもらうだけですが、ここは、あなたが散歩に連れて出るのは自由です。お二人で、楽しい話をあるでしょうから。うちでも、散歩に連れて行きますが、あなたが行かれるのでしたら、お任せしますので、他の人達が行く時には、連れて行きませんから。」

という。

「うちが連れて行かないから、あなたが散歩に連れて行かないとと思っているのでしたら、うちはうちで方針があって、いろんな行事やら、散歩、買い物など行ってますけど、これからは、お母さんには残ってもらいますから。」と剣幕な態度。

「いえ、夏場は行かないとおっしゃって、4時ごろ涼しくなった頃に、来られて連れていかれたら、と言われていたものですから。」

というと、傍にいる職員が、「夏場は暑いので、」と口を濁している。

「じゃ、皆さんが行かれる時に一緒に散歩に連れて行ってください。来て、散歩に出たかどうか聞いてから、行くようにします。」と答えると、

「毎日は、行きませんよ。4階でも歩いておられるし、それほど歩かせたら、身体が持ちません。足にも悪いですわ。私でも歩けないですわ。」と代表が言う。

タンクみたいに肥えた身体に、小さな足、運動しないで車の生活しているのだから、歩けないのは無理はないだろう。

そのまま黙って家に、帰って来た。明日、医者に連れて行くので、迎えに行くことを云わなかったことを思い出した。電話すると、代表が出て、猫なで声になっている。いつもの手だ。

明日迎えに行く時間を告げ、ついでに、聞きたかったことを切り出した。

「いつから4階で、グループホームの活動が出来るようになるのですか?」

「うちは混合でやってますので、朝、昼、晩と、3階で一緒に食事もしてもらいます。4階に閉じ込めておくわけにはいかないですから。」と言われる。

 「ほかのグループホームでも、9人以上の他人数でやっているのですか?」

「いえ、うちは独自の方法でやっています。」という。

面会も好きな時に、好きなだけいれば良いというけれど、いる場所がない。

「沢山おられるのに、私が毎日行くと、他の方たちに気兼ねですから。何時頃4階になるのですか」と言うと、

「そんな、気を使われすぎですわ。隔離するわけではありませんから。先日、弟さんが来られて、お母さん、それはそれはすごく喜んでおられて、エレベーターで、何時くるの?そわそわしておられました。すぐに帰られましたけど、随分、喜んでおられました。あなたもお仕事あるでしょう?」

あなたが来ても、お母さんはそれほど喜んでませんよ、と言いたいのだろう。滅多に来ない弟の方が、母のは嬉しいのだと。

「ええ、家でしてますから。私が毎日、面会に行かない方が良いのでしたら。」というと、

「そんなことは言ってません。それは来たければ、そちらの自由ですから。働いてる人が言うには、」と言い、

 私が、母を散歩に連れて行ってくれないから、仕方なく私が連れていかなければならない、、という。

私はついに、今までのうっ憤が爆発した。

「どなたがそうおっしゃったのですが。そんなことは一言も言ったことないですよ。」

「そうですか。そう聞いてます。あの電話がかかって来ましたから。」というので、

「そんなこと言われるとは侵害です。失礼しました。」と電話を切った。

私は働いている人達は、精いっぱい頑張っていると思っている。

 女性の職員3人が、ほとんど自力では何も出来ない、認知症の進んだ、意欲の全くない人達の世話をして、個人の名前を書いた袋に、薬の手分け、入浴と、食事を作り、掃除をして、洗濯物を洗い、天日干しにして、取り込み、入居者に振り分けて、箪笥の中に入れる。入居者全員の日誌に、その日したサービスを、入居者の体調をきめ細かく書いている。次に来る人は、それを見て引き継ぐ。それだけで、手が一杯だ。エレベーターを使うのに、いちいちぶら下げた鍵を使わないと上下出来ない。入居者達は、皆、狭い部屋で、じっと座っているだけの状態しか見たことがない。グループホームの機能が全く出来ていないのだ。働く人に負担が大きすぎる。お年寄り達は、認知症も、身体の方も弱る一方。私も、毎日こういう状態を見ているのにも、限界がある。

知らずが花、見ない方が気が楽だ、と思う。

「あなたのお母さん、夜徘徊してますよ。夜中、歩きまわっていますよ。あなた、しらないでしょうけど。」

歩くのはそれで十分だ、という。夜、起きだして、リビングを歩きまわるのを、徘徊というのだろうか。

「あなたは、そう思ってないけど、お母さんは、認知症、そうとうありますよ。同じことばかり言ってますわ。」

母も、他の入居者のように、本当におかしな事を言うようになるのは、時間の問題ではないか。