あるがままに

 

 

母がよく、「気の毒」という言葉を口にするので、その言葉よりも、「有り難い。嬉しい」と言ってくれる方が、喜ばれるわよ、と母に言った。あるがままに受け入れればいいのよ、と。

すると、母は、私に、「頭を丸めて坊さんになったらいいのじゃないの。」と言う。

吉田さんのお葬式で、配られたコピーと同じ、お経を唱え始めた。

 母の暗記に「すごいね。」と私は感心する。母は何度か覚えている箇所まで唱えていたが、点滴が終わったので、少し、そのあたりを歩こうと、母を誘うと、「お坊さんが来られるのは何時頃?」と病院の部屋を、家を勘違いしている。思わず笑ってしまう。

夕方になると、母は益々元気になる。痛みも全くないようだ。夕食もほとんど全部食べてくれた。昼の残りの、助六を妹と食べていると、母は最後に残っていた、巻きずしを手に取り、「これ一ついただくわ。」と美味しそうに食べ始めた。病人用の食事を、どれだけ食べられたかということばかり、気にしていたので、母が、お寿司と食べたがっていたことに気がつかなかった。私の食事は、助六とカップラーメンばかりだった。母は内心美味しそうだと思っていて、ついに手が出たに違いない。置いておけば良かったわね、と妹が言った。

土曜と日曜日の二日間は、私の休み日にしている。

母の付き添いを、このまま続ければ、母にとっても、良いケアーが出来なくなる。神経疲労が出て、辛抱強く、優しく接することが出来なくなる。

以前の私だったら、疲れ切るまで、と思っただろう。

今の私はそうではない。自分を知ることで、余裕のある接し方をしたいと主言うようになった。出来ることと、出来ないことを、理性を持って振り分けることが大事だということを知った。

土日は、私のガソリンを与える日。それがなければ、私のエンジンはかからない。

自然体で、気居らず、あるがままに。