太陽劇団

 

 

 日曜日、カルトシュリーに出かけた。今日を逃せば、「太陽劇団」のLes Ephimeres を見ることが出来ない。従姉妹に借りていたサックを返し、そのまま行くつもりだった。従姉妹の店をカメラに取ろうとして、メディアが入っていないのに気づいた。アパートに取りに帰り、1時に無理かもしれないがとにかく行ってみようと思った。

 1号線の終点駅で降りると、ヴァンセンヌの森が見える。カルトシュリー行きのナベット(無料の送迎バス)を待っていると、チケットは持っているのかと聞かれた。これから買うと言うと、これをあげます。記入して持って行けばいいですよ、と親切に無料と書いた紙をくれた。読んでみると、どうやら別の催しのようで、近くのパークで今日の催しに無料で参加でき、入場料が7ユーロになるというものだった。テーマは「別の人生」というのもので、お化粧の仕方、エステティックの無料体験、美味しい食事の仕方や、料理の実践などだった。

 

 カルトシュリーにつくと、彼女は、ここではないと運転手に言っているのが聞こえた。私が劇団のチケット売り場に歩いていると、その女性と一緒に話をしていた男の人が走って来て、この紙は、ここでは使えませんと言いに来てくれた。

「わかってます。ありがとう。帰りに時間があれば行ってみます。」と答えて、チケット売り場に並ぶと、彼は予約で買っていたチケットを受け取って、テントに中に消えて行った。売り場で、一枚と言い、25ユーロ出すと、50ユーロだと言われた。何故だ、一回券は25ユーロだと思うと言うと、今日は一部と二部の通しの公演で50ユーロなのだという。

 そう言えば、50ユーロと書いていたなあ。何時に終わるのかと聞くと、8時だという。思案して一度はやめると言ったものの、せっかく来て、まだ間に合う、急げばと言われたので、チケットを買って入った。 この公演は、ムヌーシュキンの演出で、随分前からやっているが、公演の時期は、その都度変わるので、今回は3月20日が最後になっていた。

 

平日は、月、水、金が一部、火と木が二部というように分かれていた。土日だけ、二部を通してやっている。それで、50ユーロだったのだ。一部が間の休みを挟んで3時間半になっているので、内容がわからなかったら、7時間も居られないと思ったけれど、内容はいたってシンプルなので、最初から最後まで良く理解出来た。両側に客席を挟み、中央が舞台になる。始めに、丸い板を持って中央に進み、そこに小道具を並べる作業から始まる。舞台は、二人の人間が、バレーのような身の動き型で、円形の舞台を回しながら移動する。 円形の舞台は、ほとんど動き続けながら、両側の客にまんべんなく見えるようになっている。その動きが速くなったり、遅くなったり、演ずる人達の心理作用を表現する効果もある。円形の舞台は、一つは部屋、一つは玄関口、あるいはキッチンなどと、いくつもに分かれている。舞台も、演ずる人も絶えず、流動的になる。二階で、舞台の進行に合わせて、様々な楽器を使って演奏している人がいる。インドやイスラム、様々な国の弦楽器を、時には両手で二つの楽器をあやつり、口笛を吹き、太鼓を叩き、チェロも演奏している。白いひげの初老の演奏家が、階下の舞台を見下ろしながら演奏している。

 

 

私は最後に入ったので、案内されたのは最上階の席だった。それがかえって、一番良い席のように思われた。絶えず、全体が見渡せるからだ。片側に座っている人達は、動いているので、自分の前に回っている様子が見えるが、私は全てを見ることが出来る。それにテント小屋なので、演ずる人の表情の一部始終までよくわかる。

 

 題名は、「つかの間の」とか「うたかた」とか言う意味で、つかの間の、通過していく人生模様を描いている。人間の喜びと苦しみ、悲しみ、不幸など、通過して行く人生の一こまを描いている。1部に間を挟んで7つずつの14のエピソードがある。2部合わせて29のエピソードで作られている。

休憩時間になると、大ワゴンの上に、ビスケットとコップが出てきて、観客にお水とビスケットが振る舞われる。舞台はあふれるほどの人で埋まる。

 一部が終わると、夕方の食事時間になる。別の公演も行う広い場所で、太陽劇団の団員が全員で、隣のキッチンから食事を運んできて、接客しながら働いている。サラダ、ケーキ、ヨーグルトなどの軽い食事とカレーがある。殆どの人がカレーを注文している。私もそれを食べてみたくなった。以前に太陽劇団を見た時には、この場所が舞台だった。その横に、役者の部屋があって、始まるまで全体を開けていた。

豆とヨーグルト、お米とカレーが大きな皿に4つになっている。7ユーロ。始めに違和感があるが、美味しいカレーだった。ワインは一杯250円くらい。イスラムのお茶を売っているコーナーがあり、チャイ、チャイと言って、出演している男の人がその子供役の女の子を連れて、ワゴンで廻っている。役者の部屋は、その客席の真下に位置する。

白くて薄い布をかけていて、いくつも間から見えるように穴を開けてある。何もかも、観客と共同の作業というのが、太陽劇団のポリシーだ。

 舞台が始まる前になると、その人が、今度は子供達と舞台の掃除をしていた。

客席は板なので、座っているとお尻が痛くなる。寒さもある。毛布を借りている人達や、クッションのようなものを借りている人達がいた。

 

 

2部も、一部の話を展開させたものだった間の休憩には同じように、ビスケットと水が振る舞われる。円形の舞台が、外にでいたので、写真を撮った。舞台装置は外で操作している。テントの中の全ての場所が使われている。

最後の方で、日本語で「ドナドナ」を歌う男の人が出てきた。カフェの客で、伴奏に合わせて歌う役だった。その歌が、いろんな国で歌われている歌なのだとフランス語で説明するせりふを言う。で、思い出した。確か、太陽劇団に憧れて、年配の男性が入団した、という話を、日本の雑誌で読んだこととがあった。その人が、この人なのだ。フランス語がわからないのに、と。まさに演劇に国境なし。太陽劇団で、ドナドナを日本語で歌っている。世界中で歌われる反戦歌で、ジョーンバエズという人が歌っているのだよ、と子供に説明していた。彼が自ら作ったせりふと役のようだった。

 

 

8時に終わるといったけれど、それはあくまでも目安、1時に始まる予定が少し延びていたように、終わったのは9時だった。アンコールアンコールの拍手をしすぎて、手が内出血してしまった。何度目かのアンコールで最後にさしかかるころ主催者の、ムヌーシュキンが子供達に手を引かれて出てくると、割れるような拍手。私も感激のあまり泣きそうだった。美しく知的な女性だった人の髪は白くなり、体も太って、背丈は小さく見えたが、豊かな大地のように見えた。足はあくまでもゆたりと軽やかで、熟達した人間性に輝いている。

 

久しぶりに、演劇の舞台に参加した、本当の演劇に出会った、という感激に浸ることが出来た。来て本当に良かった。見ることが出来て幸せだった。つかのまの、うたかたの、それだからこそ、真実の時間を共有し、生きている喜びに浸っていた。