夢を見た。
祖父母の夢だった。
夢は一瞬のうちに見るという。
明け方、暑さで早く目覚めるのだが、
窓を開け放って、再び寝入った間の夢だった。
祖父母が、和歌山の神室という疎開先から大阪の
天下茶屋に出てきて、商店街の一角の貸家にいたのは、
ずっと以前のことで、叔父が結婚する頃には、京阪の門真に
一軒の家を買って、そこに死ぬまで暮らしていたのだけれど、夢は
なぜか、天下茶屋で、祖父の終の棲家になっている。
夢の中では、祖父の家がいくら探しても存在していない。
探しながら、私は酒屋を見つけて、祖父に、お酒をプレゼントしようと思った。
そういえば、祖父に何もプレゼントしたことがなかった、と思いながら。
酒を買い、また祖父の家を探して、暗い道を歩いた。 そして気づいた。
祖父は、すでに亡くなっていることを。ずっと以前に亡くなったことを。
私は深く後悔し、悲しかった。
一度も、祖父に、喜んでもらえるものを上げたことがなかった。
母に付き添って、車を運転して祖父母の家を訪ねたことは何度もあった。
祖母が、母の変わりに、家の手伝いに来てくれたこともあった。
祖母を連れて、有馬に二度、三度、母と共に行ったことがあった。
祖母には、プレゼントらしきものをあげたことが幾度かあった。
祖母とは、仲良く話をしたり、祖母が家では、耐えに耐えている愚痴を
聞いてあげることもあった。
祖母は、私の実家の賑やかさが好きで、母が助っ人を頼むと、すぐにやってきた。
母が交通事故にあい、2,3か月入院していた時には、ずっと家にいて、家事全般をこなし、母の病院の付き添いもしてくれていた。
「そろそろ帰ってあげないと、おじいさんが寂しいらしいから。」と言って、帰りたくない家に帰って行くので、「あばあちゃん、可愛そう。ここに居れば良いのに。」くらいにしか考えなかった。祖父の寂しさを思いやることがなかった。
思えば、祖父を話をしたという記憶があまりない。
刀を研いでいる姿、煙草をくゆらせながら、周りの人の話に耳を傾てて、お酒を飲んでいる姿、硯の炭を擦って、書を書いてる姿、刀にぽんぽんと、白い粉を吹きかけて磨いている姿、そういう姿は思えているけれど、祖父と対面して話をすることはなかった。
ある時、母がいて、祖母がいて、祖父は、顔を紅潮させてお酒を飲みながら、話を聞いていた。祖母が、祖父の話をしはじめた。
祖父に惚れて、ずっとおっかけをしていたあるお金持ちの未亡人の話を始めた。
祖父は、嬉しそうに、笑みを浮かべて突然、滔々としゃべり始めた。
優しくて、寡黙、古武士のような人だと言われた祖父。
父もその人柄に惚れていた人。
その人から届いた、数多い恋文を、祖母も周知のこと。
侯爵か宮家のほうな名前の女性だった。
おばあちゃん、可愛そう、そう思っていた。祖母は、色恋には無縁のような、田舎者を
自負していた人で、ひっつめの髪に、清潔で地味で、目立たない着物を着ていた。
美人とは言えない。
母が、可愛いと誰からも好かれるのは、祖父の顔立ちと、祖母の心美人を受け継いでいるからだろう。
父は、祖母を、仏さんのような人だと言った。裕福な家に生まれ、乳母つきの祖母だった。幼くして父を亡くし、いつも寂しいという祖母。祖母は「人間は話を出来ることで、生きているのよ。」と私に良く言った。
祖父は、藤沢修平の小説に出ているような、色気のある、古武士のような人だったようだ。
夢の中で、祖父にお酒を持っていけば、きっと喜んでくれると思った。そして、祖父がとっくにいないことを思い出し、祖父に喜んでもらえることを、何一つしていない私を知った。後悔先に立たずである。
言い訳を考えてみれば、あの頃は若く、自分の不幸にばかり気を取られていた。生活も、精一杯だった。母の親孝行に、私が手伝っている、という自負だけがいつもあった