血管を鍛える

 

      

 往診の医者に、慣れるまで,付き添っているので、その日は、いつもよりも、早く、母に会いに行く。

 最初は、手も触れなかった医者を、すっかり気に入って,「可愛い顔しているわね。」と言ったり,コンピューターにデーターを入れている手をみて、「綺麗な手をしているわね。私のは、酷い手。」とか、余裕を見せるようになっている。

 血圧と、脈拍、聴診機は、なんとか、出来るようになったけれど、肝心の、足の巻き爪の治療は出来ない。

 昨日は、思うように歩けず、唇が紫色になっていると、看護師からあらかじめ報告があり、そのことも、往診の日なので、診てもらいます、とのこと。

 12月に、嫌がる母をなんとか、抑えこむようにして、採決した血液検査の結果も出ていた。

 看護婦をともなって、部屋に入って来た医者は、心電図を取りたいのだが、と言うのだけれど、気を遣う母のこと、ベッドで安静に寝かせることが出来ないのが、頭の痛い所。  辛抱強く、人に迷惑や、気を遣わせないことばかり、気にしている母は、不整脈が酷くて、唇に血の気がない状態でも、足がびっこをひいて、まともに歩けない状態なのに、 「どこも痛いところはありませんよ。ほら、こんなに元気。」と歌い出し、しっかりと立てる所を見せようと踏ん張る。

 血液検査の結果、母の中性脂肪が、上限の数値の3倍を超えていて、血液のにごりも心配されるとのこと。

 行けば、母の好きな,甘いものを持って行き,その日も、みかんと饅頭を持って行って食べてもらっていたのだが、それがいけない。

 もう年なのだから、好きなものを食べても良い、と片方の頭では思うのだけど、血の気のない顔になったり、歩けないような様子を見ると、いっぺんに、怖くなって、やめておこうと思う。

 数値を見せられると、どぎもを抜かれる。

 一昨日は、母を、越木岩神社に車で連れて行った。正月の3が日も過ぎて、空いているだろうから、車を神社の境内におけると思ったから。

  階段があって、6段ほど、母が上がれるか、と心配したが、母は,階段を手すりを持ちながら上がった。

 施設で、6日に、西宮神社に連れて行ってもらっているので、それなら大丈夫だろうと、去年もお参りしている神社に連れて行ったのだが、それが負担だったみたいで、翌日の意往診日に、びっこをひいているのではないか、と思われた。

 医者は、膝を見て、少し、水が溜まっているようだ、と。

 グルコミサンを飲むようになってから、膝は悪いながらも、歩けるようになったけれど、最近では、薬を飲めなくなって、かめるものなら、使えるが、飲み込みの必要な、セサミンや,ビタミン類は、使えなくなってしまった。

 心不全の薬を,医者は使いたいようだが,飲み薬はだめだし、貼り薬は、自分ではがしてしまう。

 出来ることは、食時にきをつけて、中性脂肪を下げるようにして、心臓に負担がかからないようにすることくらい。

 昨日は,母の所を早めに出て、豊中の病院にいる、叔母も見舞った。

相変わらずのベッドで寝たきりの叔母。この前は、おみかんを少し食べてくれたので、昨日も持って行ったが、ほんの二口入れただけ。鼻孔栄養に頼っている。

叔母は,食べることを拒否していて、抵抗力はなく、肌が荒れて、痛いという。

頭が割にしっかりしているのだが、寝たきり。

帰りに,コナミによると、いつもプールで会うと,お話する人に出会った。

この前お会いした時に、「血管を鍛える」という本を、私に読んでほしいので本屋に行くと品切れでした。」、と言われていた。

 昨日は、早くから来て、ノルマー分をプールで歩いておわれて終わりがけだった。「これから阪急に行って、買って来ます。」と言われる。

 私は「とんでもないです。読まれた本をお貸しねがえれば。」

「今、貸し出し中です。」と言われるので、「2月でも3月でも、その本が返って来たら,お貸しください。」と申し上げ「それでは、そうさせていただきます。」と言われて、ほっとしていたのですが、

コナミのお風呂に入り、出て来て、服を着ていると、携帯のベルがなった。

 わざわざ、本を買ってきてくださって、私がコナミから出てくるのを待ってくださっていたようだった。

 あわてて、指定されたン場所に行った。また電話がなって、車をちかちかさせているから、と。

「いつでも良かったのですが。かえってお手間を取らせてしまいました。」と言われた。

 私は,益々、恐縮してしまって、どうお返しすれば良いやら、と。

 成功する人、人の上に立つ人は、思いやり、行動力、心遣いが,並外れているのだなあと思った。

 こんな風にくださった,本だから、と昨夜、一気に読ませてもらった。

 血管を鍛える、という本は、お勧め通り、とても役に立つ本だ。

 母を,叔母を見ながら、「血管を鍛えなくちゃ」と余計に思う夜だった。