「侘び助」で昼食会

 

  

母の誕生日だから、と食事を一緒にしようと呼びかけた。

 弟の都合の良い日にあわせて、父の月命日でもある日に、お坊さんが来るので、久しぶりに、お経の席に参加させてもらった。

 膝の悪い母には椅子に座ってもらった。

 弟の家に1年半ほど、母がいた頃、来ていたお坊さんで、母が、その頃、お布施を8千円にしたので、以来、毎月、8千円包んでいる。

 月参りはおろか、盆と正月でも、省略する家が多いとか。8千円は、貴重な収入だろう。 そのお坊さんは、来ると、弟の嫁さんを話相手に、長々と話をして帰るそうだ。

 家にいると、女房に怒られるそうで、図書館に行ったり、昼間は外に出て時間を潰しているとか。 

 土曜日、弟が居るときには、話が続かずに、早く切り上げて帰るそうだが、お嫁さんだけの時には、なかなか帰らないのだそう。

 弟夫婦、妹夫婦に母と私、買っている犬が、きゃんきゃんと部屋に入りたがって、

ついに、中にいれてもらった。

 犬も嫌いなお坊さんは、早々に帰って行った。

 

  夙川の駅の近くにある、「侘び助」というお蕎麦をメインにした酒場で、この店の昼のコースを予約していた。

 夜は3800円のコース、昼は3500で、夜よりも一品少ない。

 とにかく、料理が出てくるまでに時間のかかる店だが、昼なら、一旦休みに入るから、 2時までには終わるだろう、ということで、それでも、11時45分の昼前から始めた 

 食事が終わったのは、まさに調度、2時だった。

 お酒にあう料理を出す店なので、少々辛い目につくっている。

 お蕎麦屋なので、蕎麦と、椀ものが特に美味しい。

 「侘び助」という店の名前だけあって「侘び」を大事にしているのか、凝った器に、お料理は少し。凝ったものはあえて作らず、シンプルな料理。

目に、地味な色合いの控えめな美を追求している。

 すだちをふんだんに使った、汁ものの冷たい蕎麦が、一番美味しかった。

 母は、そのメインのお蕎麦を食べてもらうために、「侘び助」を選んだのに、全く口にしようとしない。

 料理もほとんど食べない。美味しいとも言わない。

 お金を持ってきたのかとばかり気にするので、財布を渡すと、その中のお札を、息子にあげると言って差し出す。

 母親は、息子が可愛いくてたまらない。隣に座っている、妹の旦那には、「今度あげるわね。」と。正直な母の気持ち。隣の人もほしがっているだろうけれど、と気にかけているものの、大事なのは、息子の方なのだ。

 息子に、料理が来ているかと心配して、自分は食べよとしない。

 最後のアイスクリームが来ても、大好きなアイスクリームなのに、息子の前に、差し出す。

 息子の所にアイスクリーム来ると、安心して、自分のを食べ初めた。

母は夢中でアイスクリームを食べている。瞬くまに無くなった。

 私のアイスクリームを、母の前に置き、「甘いの嫌いだから。」と言うと、母はそれも

 すっかり食べて、初めて「美味しかった。」と言った。

 「お父さんにそっくり」と言って、母は別れ際、弟の顔を手で挟んで、愛しそうにする。

  私は母をホームに送り、二人で部屋に座っていた。

 母は、ついさっきまであった、出来事も、人達のことも、すっかり忘れていた。

 「ここにいて、何もしていないのよ。ここでころんと寝るだけ。」

今日は何食べた?

 「何も食べてないよ。」

 誰が来た?

 「誰も来ないよ。ここには誰も来ないよ。」

 母は、私のことを心配し始める。一人でいるのは危ない、と。

「圭たん、いつ帰って来るの?もう帰って来るの?何しているのかしら。

 早く帰って来れば良いのに。あの子はすごいよ。面白いから、皆が

 喜ぶわ。」

母親って、哀れなものだな、可哀想なものだな。私も母親のはしくれだよ。

「侘びしい助」だよ。