奇跡に守られての」、お墓参り

   

 土曜の朝は、家でゆっくりするのが習慣になっているのだけれど、窓から明るい日差し。晴れているので、母をお墓参りに連れて行ってあげようかと思い立った。

 グランダ夙川に電話して、母の体調をたずねると、問題ないとのこと、朝の体操と、お茶が終わる頃、迎えに行った。

 空がくなって来た。あれほど晴れていたのに。母を部屋から連れて、玄関に来ると、車のフロントに雨がかかっている。

 しまったな、お墓まいり出来るかな、と思いながらも、出発。

 しばらく、母をお墓参りさせてあげていない。自動車に乗せると、危ないから帰ると言い出すので、お墓に着くまで、運転しながら大変なので、もう年だから、良いかな、とも思ったりで、冬は寒いので、インフルエンザにでもかかったら、と半年ほど行っていなかった。

 お彼岸の春と秋ぐらいは、と思っているが、このところ、雨だったり、寒かったり、私の都合もあった。暖かそうだし、晴れているので、この機会にと思ったのだ。

 母は車に乗ると、お墓までは遠いわよ、と言ったきりで、あとはご機嫌よく、雨が降り出しているのに、窓の外にいる人達や、看板の字を追って、ドライブを楽しんでいた。

雨はだんだん激しくなって、お墓の近くになるにつけ、どんどん酷くなる。

 こんなのでは、無理じゃないかな。向こうの方に、晴れている空が少し見える。どうか、どうか、と心で念じながら、お墓に到着した。母を歩かせるのは無理だろうと、思ってたら、事務所の前の車止めが空いた。そこに移動して、母を館内に入れて、小ぶりになるのを待つつもりで、トイレに。

 トイレから戻ると、あれほど酷かった雨が、ほとんどやんで、空が明るくなって、晴れ間も出ている。

 この間に、と母に大きいかさを渡して、お供え物とタオルを入れた袋だけ持って、お墓に。砂利道が水たまりになっていて、母の足下が危ない。雨はすっかり上がって、傘がいらない。母は私の手から逃れて、水たまりのないじゃりの上を探して1人で歩き、小走りになって、お墓まで行った。

 先日、先に来た弟達がお花を入れてくれているので、お掃除は簡単にして、びしょ濡れのお墓を新しいタオルで拭き、お水を変えて、ろうそくの火をつけて、線香の束に火をつけて、そそくさとお供えしてから、母にお線香を渡した。

 空は晴れて、太陽が出ている。奇跡なのだろうか。父が母の為に、雨を止めたのだろうか。 亡くなった人々の御蔭なのだろうか。

 母の精進が良いのだろうか。

 

 お墓参りを終えて、事務所に戻り、再びトイレに行ってから、再び車に乗った。

 猪名川は、濁流が岩にぶつかって、水かさを増した水が勢いよく落ちていく。

  墓を出ると、再び空は暗くなって来て、雨が降り出した。良かったね、お墓参り出来て、と二人で話しながら、走っていると、突然車にたたきつける音がひどくなって、補聴器を変えた母は、うるさいわね、と。車の天井を抑えると、ばりばりと落ちてくるのがわかる。

 何?これ、と思った瞬間、氷の塊が、窓について、氷だることがわかった。窓を開けて、母の手に乗せてあげると、溶けて行くわ、じっと見ている。ひょうの白い玉が地面に落ちて、跳ね返って、一瞬の間に、白くなって、やがて水になって消えて行った。

 雨がまた激しくなっている。どこか、雨がかからずに入ることの出来るレストランはないかしら、と考えながらも、やはりいつもの函館市場まで行ってみる。

 土曜だから、混んでいれば、入ることは出来ないけど。

 函館市場にくると、また雨がやんだ。よちよち歩きの母の手を引いて、中に。

  母は以前ほど食べなくなってる。5つほど食べると、お腹が大きいからと言って、

 勧めてもいらない、という。すきだったお寿司のはずなのに。

  車に戻って、お供えに置いた、マドレーヌを渡すと、それは美味しいといって食べていた。甘い物の入るところは違うようだ。

 土曜日は、エンジョイタイムというのがあって、3時半から始まる。

 車が混んでいて、グランダに帰りついたのは、調度その時間だった。

 母は、この分だと、泊まりがけで連れって上げられそうかも。

 母を送って、車で帰ろうとすると、母は、「私もついていってあげるわ。あぶないから。」と言って、一緒に出てこようとする。職員が母の手を取って、とどめる。

後ろ紙を引かれながら、私は、車を出した。雨ではなく、顔が雨のように曇っていた。