母の補聴器作り

 

   

いやあまいった。

 おかしすぎて参った。

 母の補聴器を新しく注文することになって、「7年前に作ったような、二つで80万なんていう高級なものはいらない、ぼったくりだ、」と弟が言って、ゴルフ仲間の知り合いの医者に聞いたら、 最高級でも、片耳10万円で、通常は両方で10万で充分だ、との話を聞いてきた。

  補聴器は、難聴の人用に、自立支援の為のものだ、という考え方では、5万円の補聴器が、現物支給されることになっている。その観点から、その医者は弟に述べたものだろう。その場合、耳にかけるタイプで、簡単なものになり、聞こえる、というだけのものになる。

  環境に合わせて、あらゆる音に合わせて、音を取り込むような高度なものになると、 どこのメーカーでも、両方で80万円くらいするが、日進月歩で、母と同等の性能では、40万くらいになっていて、いる場所に合わせて、内部の装置が変化する、更に性能が良くなっている。

 けれど、母には、そんな補聴器は使えない。水に入れたり、なくしたりするから。

 

 西宮あたりで、補聴器の専門点で、修理や、メンテナンスをしてもらうのに、母を伴って行ける所はないか、と探したら、認定補聴器の店があるので、電話をかけて聞いてみた。

 母の様子を聞いて、補聴器を作るのはやめておいた方が良いでしょう。捨ててしまうから、と言われ、ポケットに入れて、耳穴に入れるというようなものはどうか、と言うのだが、そういうのは、弟が幾つか安いのを買ってきて、すべて無駄になっている。

 このまま、聞こえないと、認知症が進むので、というと、じゃ、同じ形で、保証が一年のだと手頃な価額である、という。

 弟が推薦していた、シーメンスよりも性能が良い、といわれて、それで、とお願いした。母を車に乗せていくのも大変なので、店が終わってから、道具を持って

施設に来てくれることになっていた。

 お天気はよくなって、実際に、どんな店なのか、どういうものを言っているのか、わからないと、と母を乗せて、お昼間、その店に行くと、先客があって、待たねばならなかった。

 店内は、ごちゃごちゃといろんなものが置いていて、以前の集音器がガラス戸棚に一杯入っていて、油絵が幾つもあって、猫の置物が。

 母はその猫の置物を見て、「こっちをみているわ。」というので、母に持たせると、置物を揺らせながら、大きな声で、歌い出した。あんたは可愛いね。お利口さんやね。

 たけくらべの歌を、歌っている。

 補聴器の聞こえ検査をやっている最中に、声を張り上げて。音程の狂った歌が鳴り響く。 週刊誌を見せると、たけしの表紙で、しばらくはおとなしく、好きな人、かわいいね、と見て大人しくなるのだが、飽きると、外に出て行く。

 トイレに行きたいというので、奥のトイレを借りるので、品物の渦の間を抜けて。

奥には、サクソフォンが2つ、スプレーなど、ごちゃごちゃに置いていて、

 洗面所は汚いし、トイレも掃除などしたことないのでは?

 オタクっぽい。壁には、幾つも、インターナショナルの免状がかかっている。

 男の客は、コンピューターで調節された、耳かけがたの補聴器を、貸し出ししてもらって帰った。

 箱形の中に入って、耳の測定をしないといけないのだが、母は怖がって入ろうとしない。

 扉を開けた状態で、耳にマイクロフォーンをつけてもらったのまでは良いけれど、

 店の店主が、手真似で、聞こえるか、と合図するのだけど、母の反応がなくて、計りようがない。

 そこで、今度は、箱から、様々な音が出るものに。鳥の声とか、ピイピイーとか。

 イヤフォーンをしていないで、大きな声で、聞こえるかどうか聞く事が出来る。

それによると、高度の補聴器でないとだめだ、ということで、勧められたのは、軽度と中度なので、別のものでないとと。

 そこで、私が、さっきの人の様に、耳かけのものをコンピューターで、調節しながら、どの程度聞こえる調べて来たら、と提案。それをやってみると、それほどの難聴ではない。

二つで199000円の、

 軽度と中程度、の勧められたものが使える。それに決めて、耳の形を取ることになった。

 店主が、電灯のついたペンライトを使って、綿を内部に入れようとすると、母は、怖がって、させてくない。恐ろしがって、外に飛び出して行く、その早さ。

 なんとか説得しようとしたけれど、店主の顔はオタクっぽくて、仕草はおかしいし、

母は気持ち悪がって、パニック状態に。

 これでは無理だから、夜に、施設に来てもらって、そこなら、落ち着くから、と。

 母の夕食後、再び、施設に行くと、すでに、店主が暗闇の中に立っていた。大丈夫ですかね。日をおいた方が、というのを、30分もすれば忘れるので、と言って来てもらったのだけど、一緒に行くと、思い出したらいけない。念を入れて、私達が部屋にいるところに、入って来てもらうという設定をした。

母は食後、ダイニングを出て来たばかりで、私を見ると、わーー、嬉しい、と抱きついた。

来てくれると思わなかったから、びっくりしたわ。嬉しいわ。

 母は上機嫌で、私が今夜は泊まると思っている。部屋に入ると、私の上着を洋服ダンスに入れて、今夜は、このベッドを使ってね、といそいそと。

 そこに箱を持って、介護職員に伴われて、オタクが入って来た。

 母は、笑顔で迎えてくれたんで、忘れているのかなあ、と思った。オタクさんは、箱から、例の道具を出すのに、緊張して手が震えて、落としてしまった。

 ペンライトは使えないので、綿を入れようとしても、母が拒否するので、私が、そっと入れた。綿にひもがついていて、粘土を入れて、型を取り、それを引き出すため。

 粘土の入った、筒を見ると、大きな注射器のようで、母は、再び、すごい拒否。

店主は、自分の耳に入れる仕草をしてみせて、痛くないよ、と言うと、あなたしなさいよ。

後ろから、見えないうちに、と後ろに廻ってもらったけれど、母の警戒心は収まらない。

介護職員も一緒になって、怖いことはなにもしないですよ、と言うのだが、昼間の時と同じ。「死んでしまう。死んでしまいますよ。」と叫び出す。

ほとほと、もう無理ですね、と店主と顔を合わせて諦めかけて、私は、パニック状態の母の両手を取り、お願い、お願い、頼むから、落ち着いて聞いて、と大声をはりあげて、ジョウタロウがね。作るように頼んだのよ。というと、弟の名を聞いて、一瞬大人しくなった。

 新しい補聴器を作るように、と頼んだのよ、と言うと、ええ?という表情に。

 そこに、弟のお嫁さんが入って来た。母の意識はそちらに向いて、その間に、粘土を後ろから。母は、粘土が入っても、気がそっちのほうに行っているので、やっとのことで、耳の型を取ることに成功。

 店主は、綿をきっちり中に入れたかったので、型がうまく取れているそれが心配だと言っていたが、大丈夫だ、とのこと。

 もう、本当に、疲れ果てた。大変な一日だった。

 弟のお嫁さんに、店主を送ってもらって、私は母と部屋にいた。

 店主は、おったまげてしまって、「こんなことは初めて。」と体験だったそうで。

 私は、おかしくて、笑える。母の怖がりようと、パニック状態。

 店主オタクの怯えた、青い顔と仕草のおかしさ。

 

一件落着であるが、翌朝、肩が痛くて。変な力を入れたようだ。

 この先、補聴器は、どこに行ったのか、宝探しの毎日が続く。

出来上がったら、コンピューターを持って、来てくれることになっている。