今年の課題は、こだわらない、期待しない、あてにしないこと

 

 最近、母に会いに行くと、ダイニングルームで、他の入居者と談笑していることが多い。母が出てくるまで、部屋でテレビを見ながら待っているのだが、昨日は、エレベーターの前で待っているのを、めざとく母が透明ガラスを張っている壁の間から見つけた。

 ダイニングルームに入ると、何人か、思い思いの場所に座っていた。

母は介護士と二人の女性と4人でテーブルに座っていた。向かいの女性が、私に話しかけた。

『お母さんをいつも気にかけて面倒みているのですが、お母さんは頭がおかしいのですか。言うことがわからないようですね。」

「ええ、そうですね。母は耳が聞こえないので、聞き取れていないのでしょう。」

 いつも仲良く一緒に座っている人で、彼女も認知症なのだけど、自分のことはわからないのだけど、母がとんちんかんだとはわかっている。

 母は母で、彼女が、おかしいこという人だとはわかっている。認知症同士、自分はしっかりしていて、相手はおかしいという認識が出来ているのだから、おもしろい。

 母の顔がおかしい、変だと思いながら、一緒に部屋に帰ってから、気がついた。後ろ髪が、段々に切りまくってある。横の髪も耳に添って、切ってあるので、まるで坊主のカズラをかぶせたようだ。あまりに酷いカット、寝たきりの老人ではあるまいに、便宜上このようなカットを、頼みもしないのに。いや、それ以上に、カットはここではしませんから、と念を押していたのに。

 去年の11月に、アメリカに行く前に、母を美容院に連れて行き、カットをしてもらったのに、日本に帰って来て、母の頭の形が、不細工になっているように感じたのだけど、確信がないので、そのまま何も言わなかった。

パーマをかける時期だなと思っていたのに、切りまくってあるので、パーマはかけられない。腹が立って、母が可哀想で、一階の事務室に母を連れて行き、母の頭のひどいカットを見せて、カットをしないようにと再び、念を押した。中にいた若い介護士は、私がパーマだけと言っておられましたね、と。美容師がかってに、予約を入れたのか、その日の介護士が頼んだのか、わからないけれど、母の哀れな頭は元に戻せない。髪が揃うまで、見るに忍びない日が続きそう。

私の今年の課題は、「こだわらない。あてにしない。期待しない。」なのだから、と憤懣やるかたない、腹立たしさを抑えて、『期待しないこと、あてにしないこと、言ったとおりにやってもらえなくても、変な頭でもこだわらないこと。』帰り道を運転しながら、しきりに自分に言い聞かせていた。