サンフランシスコのアクセサリーの店
ニューヨークから帰って、母に会いに行った。お土産のクッキーとメレンゲを持って。面会者の記入に、妹の家族と、弟夫婦の名前があった。
4階に上がると、母は、
「あら、珍しい、久しぶりだわね。」と言って迎えてくれた。
手がとても冷たい。身体が冷えている。朝、電話で、昼食に連れ出したいと申し出たら、職員が、お風呂の日なので、少し遅れるかもと言われた。お風呂に入ってから、外に出ると風邪をひかないか心配なので、じゃ、別の日にします、と。
ハリウッドにも、キティーちゃん
ニューヨークに行く前に、挿しておいた花がまだ枯れないで咲いている。
弟が来てくれたようね、と母に言うと、母は妹達の事も含めて、良く覚えていた。
「そうそう、あなたにあげて、と預かっているのよ。」弟のお嫁さんに頼んでいた、魔法瓶を渡された。昔、母が、何かのお返しに、買い込んだ魔法瓶が、まだ幾つか会社に残っているというので、持って来ておいてほしいと頼んでいたものだった。
母は自分が買ったものなのに、まったく覚えがない。
「せっかくくださるというのだから、もらっておきなさいよ。買ったら高いから。」
「これ、お母さんが、買ったものよ。」と言っても、聞いた矢先に忘れてしまう。
世話をしている職員の方が、
「掛け布団が寒そうなので、毛布かなにか持って来てください。」と言われる。
すでに、羽根布団の肌掛けに、マイクロファイバーのカバーをかけて、持って来ているのに、無くなっている。以前にも、間違って、調べてもらうと、敷き毛布として使っていた人がいた。部屋が空いているので、覗くと、やはり。母の肌掛けを其の人が使っていた。
「すみませんが、カバーを洗っていただけますか。」
母にそのまま、使わせるわけには、いかない。母が、自分のコップを部屋に置いているのも、理由があるからだろう。人に使われるからだ。
サンフランシスコの中華街の店
持って行った、メレンゲとクッキーを、3時に出してもらって、食べてもらった。
母は、私に食べさせようと、自分の分をしきりに薦める。
「持って帰りなさい。買えばお金がかかるから。」と自分は食べずに、私に持って帰らせようとする。何度も何度も、おなじやりとり。
「甘いもの、怖いのよ。私の分もあるでしょ。誰かに食べてもらおうと思ってるくらい。」
前に座っている、おばあさんが、母の事を褒めた。
「よく気がついて、お世話してくださいます。お仕事もなさいます。」
脳梗塞で、話が出来ないと聞いていた、社長のお母さんだ。
「うちの息子もこんな風に、お菓子を持って来て、一緒に食べたら楽しいのに、嫁が反対するから。仲良くて羨ましいです。」
言葉はたどたどしいけれど、ちゃんとおっしゃっていることは理解できる。外目には、娘の施設で、いつも一緒にいて、世話してもらえるから、この中で、一番幸せそうに見えるけれど、息子さんが、恋しいのだろう。優しい息子さんなのだろう。ご主人が入院、ご自分も脳梗塞で、話が出来ないのがもどかしく、ほとんど喋らないと、聞いていた。
ハリウッドの衣装屋
京都の染織家の老人が、亡くなられた。入居されたのが、10月だっただろうか。盲目の方で、歌を歌うのがお好きなようで、よく歌っておられた。わけのわからない、叫びをあげられるようになり、そのうち、車椅子に座って、寝ておられた。
職員の話によりと、食事が細り、食べなくなって、亡くなられたという。お年寄りは、お元気だと思っていても、食事を取れなくなり、脱水症状で、亡くなられることが多い、母の入院先でも聞いていた。
女性達は、たくましく元気だけれど、男の人達は、籠の鳥になると、まったく精気を無くして、されるままに従い、弱る速度が速い。よほど気丈で、頑固な難しい人は別にして。
森繁久弥の、長生きの秘訣は「逆らって生きて来た」こと。反発力が強いほど、前に出て行、押し出して行く力が強くなる。長く生きる力は、反発力の強さで決まるかもしれない。