家族の思いやり

 

パイプハンガーを買って、母の施設に。4階に行くと、丁度おやつが振る舞われる時間で、テーブルにお饅頭が並べてある。母に気付かれないように、部屋に入って、組み立てておこうとしたら、背後で母の声。

「あれ、あら、来てくれたの。」

 しまった、気付かれてしまった。母が取る行動はわかっている。

出された、お饅頭を持って、部屋に入って来た。

「これ、食べて。」

「いらないよ。」

「じゃ、持って帰り。」

「甘いものは嫌いなの。」私は、少し、母の口に入れる。

「美味しいわ。この饅頭。」母は甘いものが大好きなので、食べたいのはわかっているのに、私に食べさせようと、何度も。

そんな問答を繰り返すうちに、やっと母はお饅頭を食べてしまった。

お次は、お茶だ。リビングから、湯のみを持って来て、私に薦める。また、繰り返し。そのうちに、お茶は冷たくなってしまった。

 パイプハンガーを組み立てているのも、気にいらない。

「もう、そろそろ帰ろうと思っているのに、こんなのいらないのよ。荷物になるだけだから。」

借り物の部屋だから、床に傷をつけるわけにはいかない。ベッドの上にあげて、組み立てる。母の手を借りて、なんとか仕上がった。

「ここで、ぼっとしているわけにはいかないから、帰ろうと思うの。両隣に親しい人がいるから。」

部屋から、自分のマンションが見える。毎日、マンションを見ながら、帰ることばかり考えているのだろう。

出来あがって、狭いベッドの上に、二人で腰掛けると、箪笥の上に、妹が持ってきた、赤ちゃんの写真立てと、内祝いののし紙が目に入る。

 昨日、妹夫婦が持って来てくれたのだ、と言い、お礼をしなければ、と言う。

「お母さんが、お祝したので、お返しに持って来てくれたのよ。」

「あ、そう。じゃ、お返しはしなくていいの。」

「そう。」

と私が言ったかと思うと、

「内祝い、こんなのもってきてくれて、お返ししないと、」と言いだすので、何度も、何度も、説明している。毎回、こういう繰り返しばかりで、時間が過ぎる。これから、施設に行くたびに、この写真立ての話に集中するかと思えば、やりきれない。疲れが倍増する。

「お母さん、こののし紙は、もういらないから、取っておくわね。」そっとバッグに入れた。

 4階の入居者には、ひっきりなしに面会者がやってくる。昨日も、私が行く前に、誰かが。おやつの饅頭は、差しれだった。私が持って行った、アンパンは、夜にでも出されるのだろうか。

 母の仲良しの、Tさんは、見当たらないので、聞くと、

「お姉さんが来られて、部屋でお話されています。」と。先日は、私が帰るときに、娘さんと鉢合わせ。

帰るのに、エレベーターが4階に上がって来るのを待っていたら、リア王の娘さん2人が上がって来た。リッチで食道楽のお父さんの元に、差し入れを持って来られる。3人の娘さんたちは、頻繁に来られて、お父さんの世話をされている。

 キッチンに、生野菜の切ったのが、ふた皿あった。鍋かな、と思っていた。娘さんが、職員に手渡しているのは、きっとお肉に違いない。今夜は、すき焼きだろう。