看護婦をまねて

 

 看護婦さんを真似て、母の体を起こしたりしていたら、首が痛くなった。腰もおかしい。中腰での動作ばかりなので、看護婦さん達は、皆、腰がやられると言われる。不思議なもので、白衣を着ると、痛みを忘れるそうだ。腰にいつもコルセットを巻いて、作業するのだという。

今までは、母を起こそうとしても、ものすごく重たくて、どうにも動かさなかった。看護婦さんが、母に「力を抜いてください。でないと重いですから。」と言われるのを聞いて、それ以来母に力を抜いて、と頼むと、うまく動かせるようになった。その結果、私の腰と首が、おかしくなっている。母は頑なに、私の体を心配して、「だめ、だめ、自分でするから。」と拒んでいたが、言われたようにするようになっている。

「すごい力やね。」とか「ごついね、あんたの手、叩かれている。」とか文句半分、冗談半分。

昨日は、点滴の間に、トイレをもよおして、向いのトイレまで行きたがったが、足が立たない。もう我慢できなかったのだろう、ベッド脇の簡易トイレに必死のおもいで、座った。大便だった。オナラの連発。一昨日から、下痢で何回もトイレに行っていた。抗生物質のせいだろう。

 意志とは反対に、体がどうにもならない時が来る。神様は良く考えられたものだ。

 羞恥心と、プライドで、阻止していた、ガードが、自然に開く時が来る。委ねられていると感じると、なんだか嬉しくなる。母が小さくなったように感じた。

、看護婦は、仕事はきついが、やりがいのある仕事だ。母を担当している実習生は、とても可愛い人で、母はすっかり彼女が好きになった。こういう女の子がいるのが不思議なくらいだ。看護婦さんを職業に選びたいと思う子は、違うのかな。彼女なら、ナイチンゲールになるだろう。

 看護婦さんの中で、とても親切で、優しい人が多いが、中には、仕事があらっぽく、にこりともしないで、意地の悪そうな人もいる。そういう人は、プライベートな不満を、患者に転化させているのかもしれない。それとも人間性の違いなのか。

患者の立場は弱い。老人ともなれば、なおさらだ。

 人のお世話をする仕事は、明るくて、親切で、タフで、使命感に支えられていなければ、スペシャリストになれない。志を持っていても、希望と現実との狭間で、日を浴びることなく、その人の善意に頼られ、挫折する人も多い。看護婦や介護士は、貴重な宝、コンディションの良い状態で働けるように、大切にしてほしい。