連休にどこに行きますか

 

高速道路の料金が休日千円になると決って、こういう混雑は、予想されていたのに、なんでこれほどの人が高速道路に押しかけたのかを考えると、ここに日本人的体質が浮き彫りになっている。

 曖昧性である。時間を外せば、まあそれほどの混雑には合わないだろう、という他力本願性である。一時は50時間にも、渋滞したとか、その間、トイレはどうなっていたのだろう。男は、道路上ですませても、女は、そうはいかない。子供達は?

 想像するだけで、ぞっとする。簡易トイレを持ち込んで、準備していたのだろうか。家族だけならまだしも、友人たちと同行では、そういう手段も使えそうにない。

 連休は、どこも混んでいる上に、宿泊施設も高いからと、家でのんびりしているか、出かけてもせいぜい、映画か食事くらいに決めている。連休に行かねばならない必要がないからだが、テレビを見ていると、家族ずれで、実家に帰った人達は、連休は親孝行の為のものでもある。

 我が家の隣でも、浜松からやってきた息子夫婦と孫達の賑やかな声が聞こえてくる。

体の方は十分休養しているけれど、心にわびしさが潜んでいる。待っていてくれる人はいない。友人たちは、連休で家族サービスで忙しい。どこに行きますか?どこに、と私は、私に問いかける。