オードリーヘップバーン

NHKでも、特集として、取り上げられた、オードリー、ヘップバーン、私も彼女の映画は殆ど見ている、と思っている。スピルバーグが「彼女は妖精」だと言ったが、まさにオードリーにぴったりの表現だ。小学生の時に、オードリーヘップバーに似た、やせっぽっちのノッポの女の子がいた。彼女は他の生徒とはかけ離れて背が高いので、年長のイメージが濃かった。

 オードリーの魅力は、性的な匂いの無いところにあるのではないか、と思う。 実生活では何度も結婚、離婚を繰り返しているけれど、既婚者というイメージはない。「ティファニーで朝食を」で、彼女は、お金持ちを相手にして暮らしているけれど、性的な匂いは全くない。初老のプレイボーイに恋する「昼下がりの情事」でも、最後には結婚する二人、全く性的な匂いはなし。

 私が一番好きな映画は「尼僧物語」、この映画に触発されて、尼僧に憧れた。トラピスト修道院に入ろうかなんて。金メッキのおもちゃのロザリオをいつも手にかけていた。勉強しないのに、良い点が取れますように、片思いの男の子の幸福を祈ったり、勝手な願いをロザリオに託して、、、。

 「尼僧物語」でも、オードリーが病気になり、恋心を抱く医者に、背中を見せる場面があるが、性的な匂いはしない。

 彼女には、男女を問わずフアンが多いが、特に女性に好かれるのは、性的な匂いがしないから。それでいて、気品があって、綺麗で、スマート、映画の中で彼女の役柄は、優しくて、チャーミング、女性が憧れる要素を全て兼ね備えている。そういうことを総称すれば、「妖精」としか思えない存在なのだ。

 

彼女がもしも、性的な匂いが強いスターだったら、「永遠のオードリー」ではなかっただろう。現実には、結婚、離婚を繰り返し、子供も出来ているのだから、現実には、醜い諍いも、苦悩も、性的な匂いもあっただろう。オードリーは、常に、自分に正直に生きようとしたので、「スター」として作られたイメージとのギャップに苦しんだ。後年60を過ぎて、皺も深く、彼女は老いをそのままに、アカデミー賞の授賞式にも出席していた。エリザベステイラーのように、アンチエイジングで色気を振る舞うことはしない。「スターになりたくなかった。」女性の自然の姿があった。