市庁舎からヴオージュ広場へ

 

オルセーは、4時半以降は5ユーロになると、地球の歩き方に書いているので、行ってみると

そういうことはない、7,5ユーロだといわれた。2005年から2006年にかけて、という本なので、情報が古かった。良いお天気だし、美術館より歩く方がいい、と思っていたので、しばらく川沿いに歩いて、右手に、エコール、ド、ボザールを見ながら次の橋まで行き、橋を渡った所で、パリ市庁舎行きのバスに乗った。市庁舎で、エクスポジションをしていて入っていく人についてはいると、

戦争中に、フランスに住んでいた11400人以上の子供達が、ヴぃシー政権下で、アウシュヴィッツ

に連れていかれた記録と子供達の写真を綴るエクスポジションだった。フランス全土に渡って、1442年から、1444年まで、各地に分けて、くったくのない笑顔の子供達、親と一緒に採った記念写真など、沢山展示されている。そういう子供達が、いつ、何番のナンバーでアウシュビッツに送られたかの記録と、その子供の写真を見て、来ている人達は一応に重々しい顔で、真剣に見入っている。この企てに協力した反ユダヤ主義者の人達の顔写真とか、ユダヤ人でその仕事にたずさわった人達の写真も掲載されている。その反面、ユダヤ人を助けて、犠牲になった、地下組織運動の人達の写真。近所のユダヤ人家族をかくまって、犠牲になった人などの写真も掲載されている。

最後に、本を持った子供達、という題で、手に本を持っている子供達の写真が沢山あった。

 アウシュビッツを見ているので、辛かった。この中で、わずかな人達が、虐殺をまぬがれている。

そういう人達を探すという意味で、この運動が始まったとか。

 アウシュビッツを訪れただけに生々しく、心が痛く、辛いエクスポジションだった。

 市庁舎から、ユダヤ人地区を歩くと、金曜日なので、ユダヤ人教会から、黒装束で長い髭を蓄えた男達が出てきたのだろう。通りを歩いている。教会の中は明るく、人影が見えた。歴史地区を歩き、カルナバレ美術館の前を通り、この辺りにある店を覗きながら、パリで一番美しい広場と言われるボージュ広場は、ユゴーの館があった場所で、公園を囲んで、

建物の下の回廊には、画廊が軒を並べている。

夕暮れがせまっていた。ギャラーの明かりが、ボーっとあたりを明るくしている。

その中に、ベルンサージュをしている店があり、大勢の招待客で店の中は混んでいた。ふらりと私も入る。リトグラフの値段は置いてあるので、見ると150ユーロくらいからある。高いのでも500ユーロくらいだった。リトグラフは売れるという。リトでないと気軽に買えないからかも。

 

 ヴージュ広場から、バスティーユまで行くと、もうづっかり、夜になっていた。

バスティーユオペラ座をまだ見たことがなかったので、外からだけれど、外観はシンプルで、オペラ座という印象からは程遠い建物を眺めた。