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会話

祖母が元気だった頃、生きているということは、会話が出来ること、と言った言葉が、いつも心の中に残っている。

祖母は、話をするのが好きだった。寂しく育った人なので、人懐っこくて、誰からも好かれた。

父が、仏さんのような人と形容したほど、いつも穏やかで、優しかった。

きらびやかなものは、何一つ付けず、清潔で、清楚という言葉がふさわしい。

祖父は、古武士のような人だと言われた。

貧しい暮らしの、長男として、尋常小学校を出ると、饅頭屋に奉公して、独立し、店を出していた頃、母は生まれた。

祖母の背中で、母がぐずると、祖母は練っているあんこを、母の口に入れて機嫌をなおしたと、母から聞いた。

戦争で、砂糖が手に入らなくなり、祖父は、店をやめて、保険の外交員になつた。

祖父がどうして、刀屋になったのかは聞いていないが、私が知っている祖父は、刀の鑑定や、刀の品評会に出かけて行き、家で、刀を研いでいた。

祖母は、刀の鍔入れを縫っていた。

祖父は無口な人だつたが、女性に好かれ、裕福な美人の後家さんから熱烈な手紙をもらつて、手紙のやり取りをしていたという話が出ると、バツの悪い様子もなく、笑っていた。

祖母が話す、夫の恋物語は、公然の秘め事だつた。

男の色気が漂う人だつた祖父の、そういう素質を母は受け継いだようだ。

言葉が思うように話せなくなった母が、昨日、私が行くと、来たの、と言ってくれた。嬉しかった。まともな会話が出来た喜びに感動した。

ほとんどの場合、意味がわからない言葉に、私は頷くばかりだつた。

来たのね、と言った母に、そう、来たのよ、と。簡単な会話だけど、心が通じ合う喜び。

頭の手術をしてから。少しづつ言葉が出てきて、新しい驚きと感動がある。

生きているということは、会話をすること。祖母の声が聞こえるよう。