私が惹かれる、高倉健

 この所、高倉健を忍んで、特集がテレビで放送され、映画が上映されている。

私生活を明かさなかった、高倉健の素顔を写したビデオなども放映されている。

 昨夜、NHKが、プロフェショナルの取材で、100時間、高倉健を取材していた

ビデオを編集して、スペシャルという形で放送した。

 ある人は、ヤクザ映画のスターだから、映画にも興味がないし、認めないと言った。

好き嫌いのはっきりしている女性で、受け付けないもの、というのもはっきりしてる。

 私は任侠映画の高倉健を知らない。

私が知ってるのは、「幸せの黄色いハンカチ」や「居酒屋兆冶」の高倉健

 80歳になって、この辺りで話ておきたいと言って、カメラの前で話しているのを聞いて、やはりこの人に魅力を感じていたのは、

そういうことだったからと思った。

 役を演ずる役者の生き方が、画面に現れるから、この40年間、高倉健は、孤独を耐え忍ぶ生活をしてきた、という。

 彼は、撮影中、危篤だった母親にも会いに行かず、葬式にも出ていないと言う。それだけは胸を張って言える、映画俳優として生きて来た、仕事に徹してきた、と。

 その悲痛な悲しみをも、自らに課して、演ずる人間として繁栄させていた。

 「捨てました。耐え忍ぶだけ、耐え忍んで、随分捨てて来ました。そのことだけは胸を張って自慢できる。」

 3年に及んだ「八甲田山」の撮影中、他のオファーは全て断って、この映画一本に集中した。生活が苦しくなり、マンションもベンツもお金になるものは売ったという。

 映画の役作りの為に、捨てたものは数知れない。

離婚後、独身を貫いたのも、幸せな生活を捨てたからだろう。

 その孤独が、相手に与えることで、癒された。

 高倉健と接した人は、誰もが、「優しい人、心をかけてくれる人、義理人情に厚い人。」という。

 そういう人間が、スクリーンの中ににじみ出ている。孤独で寂しい人だとわかる。

 人間をこよなく愛してる人だとわかる。

健さんのようになりたい、という俳優さんは、とても健さんのようにはなれないこともわかっている。自分に厳しく生きることの出来る人は稀だ。

  昨日、最期の作品になった、「あなたへ」を観た。

映画で、夫婦役の田中裕子と不似合だという人もいる。だから観ていられないと。

 確かに、相当年の違う夫婦だけれど、そういう夫婦はいくらでもいる。

 孤独で寂しい二人が、温めあってよりそうスように。

壊れやすい、繊細な心を持った二人。

健さんは言う。

どんなに心を砕いても、手を差し伸べても、其の人を救うことは出来ない。その人の代わりになることは出来ない。人は孤独なんです。自分の時間を生きるしか出来ないのです。

「あなたへ」のテーマもそうだった。

停まっていることは出来ない。生きてるということは、自分の時間を生きる事。それはどんなに愛を尽くしても、手元には残らない。

故郷の海に散骨してほしいという遺言と、亡くなってから故郷に届く手紙には「さようなら。」という言葉だけが書いてあった。

 考えつくしたあげくに、夫がたどりついたのは、「ありがとう」という感謝と、自らの刑務官という職を辞して、自分の時間を「鳩」として生きる選択だった。

監獄の中にいる人達は、伝書鳩を使って、外の世界と繋がろうとする。

「自分は今日、鳩になりました。」と死んだ人間として、名前を変えていきる漁師に言って、去っていく。

 悔やんでも元通りにはならない人生。自分の時間を生きて行くしかない。

「あなたへ」の夫は、孤独な漂流の旅を続けて行くことを選択する。自らを織から放って。